はじめに
自己紹介はこちら
今回は『伊勢物語』第九段の第3回です。多くの教科書が「東下り(あづま下り)」という題名で載せています。前回は都を失意の底で出た男が、東に向かい、「宇津の山」がある静岡まで来たところまでお話しました。第1回、第2回の内容は以下をご覧ください。
「東下り」予習・解説 第3回
さて、今回は「男」がさらに270キロほど東に進み、武蔵の国の隅田川(東京都)にたどり着きます。では、始めていきましょう。することはいつも通り以下の3つです。
1本文を読む
2登場人物の確認
3内容を簡単に理解
本文を読む
なほ行き行きて、武蔵の国と下総の国との中に、いと大きなる川あり。それをすみだ川といふ。その川のほとりに群れゐて思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
何度も本文を読んでみて、内容を想像してみるのが予習の最も大事なことです。ただし、今回は3回に分けて行いますので、これはその3です。前の部分は第1回、第2回をご覧ください。
登場人物の確認
男 友(一人二人) 渡し守
第3回は男たち一行が隅田川を渡る話です。この川を渡ると、さらに京都が遠くなった気がするのでしょうか、男たちは川を渡ることをためらいます。その様子を渡し守がとがめるという内容です。
お話を簡単に理解
・さらに進んで、武蔵の国と下総の国を結ぶ「すみだ川」に到着する
・川のほとりで改めて遠くに来たことを嘆く
・「渡し守」が、日が暮れるので早く船に乗れと催促する
・京都に残してきた人のことを思って嘆きながらも一行は船に乗る
・そんなときに、くちばしと脚が赤く鴫くらいの大きさの白い鳥を見る
・「渡し守」はその鳥を「都鳥」だという
・「都鳥」に関する和歌を詠み、船で涙を流す
この箇所は展開もわかりやすく、意味をつかむのはあまり難しくないでしょうが、多少の文法事項はわかっていないと、例えば「日も暮れぬ」を「日も暮れない」と訳したり(正しくは「日も暮れてしまう」)、「京には見えぬ鳥」を「京では見えた鳥」と訳したり(正しくは「京都では見えない鳥」)してしまいます。打消の助動詞「ず」と完了の助動詞「ぬ」について、今一度確認しておいてください。
理解しにくい箇所の解説を見る
以下の2箇所(+1)を詳しく解説していきます。
- ⑨わびあへるに
- ⑩名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
- 白き鳥の、はしと脚と赤き、鴫の大きさなる
一行は武蔵の国と下総の国を隔てる「すみだ川」(東京都)にたどり着く
川のほとりに集まって、遠くまで来たことを思い嘆く
これは現在の隅田川です。
⑨わびあへるに
→(訳)みんな嘆いていると
まず、「わぶ」という重要古語を理解する必要があります。現代語では「侘しい」という形容詞で理解したほうが分かりやすいでしょう。「侘しい」は「寂しい、心細い、みすぼらしい」などの意味があります。それは古文の「わぶ」が「困惑、悲哀、失意」の意味を持っているからです。というわけで、「わぶ」の意味を以下に示します。
わぶ
「わぶ」(動・ワ上二)
困る 嘆く つらく思う
ここでは、「嘆く、つらく思う」がぴったりくるでしょうか。次に「あへる」です。「あへ」は「合う」で、現代語でも「〜しあう」といいます。「みんな〜する」という意味でとっておくとよいでしょう。また、「あへ」はハ行四段活用の已然形(命令形)なので、「あへる」の「る」は存続(完了)の助動詞「り」の連体形だということもわかります。
船を渡す「渡し守」が早く船に乗るよう催促する
京都に残していた人がいると思うとみんなつらく思う
そんなときに・・・
白き鳥の、はしと脚と赤き、鴫の大きさなる
→(訳)白い鳥で、くちばしと脚とが赤く、鴫くらいの大きさである鳥が
「白き鳥の」の「の」について解説しておきます。この「の」は同格の「の」と言われるものです。「白き鳥」と「はし(=くちばし)と脚と赤き、鴫の大きさなる(鳥)」が同じ「鳥」を表していることが分かればよいでしょう。
鳥が水上で遊びながら魚を食べている
京都では見えない鳥なので一行は誰もその鳥を知らない
渡し守に聞くと、「これが都鳥だ」という
⑩《和歌》名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
これは前から一つずつ理解していく方がよいでしょう。
「名にし負はば」は「名前を背負っているならば」です。「し」が強意の副助詞で、意味を強めたり語調を整えたりする(訳さなくてもよい)ものだと分かれば、あとは「名」がどのような名なのか考えると理解できそうです。前の渡し守の言葉から「都鳥という名」と分かります。その名前を負っているなら「お前にたずねたい」と最初の2句で言っているのです。「いざ」は「さあ」と訳します。また、「む」は意志の助動詞「む」の終止形ですので、この和歌は二句切れです。
後ろの3句は「ありやなしや」の解釈ができれば全体が分かりそうです。「や」が疑問を表しているので直訳は「いるのかいないのか」ですが、この和歌の少し手前に「京に思ふ人なきにしもあらず」とあったので、この和歌は京都に残してきた想い人への歌だと考えられます。よって、「ありやなしや」は「元気にしているのかいないのか」などと解釈できればよいでしょう。
→(歌訳)「都」という名を負っているならば、さあ尋ねよう。都鳥よ、私の想う人は元気にしているのかいないのか
大きな川に橋など渡せることのできない時代、船に乗るということは、自分ではもう戻れないということを表すのでしょうね。心情的にもより遠くに行く感じがします。そんな彼らは都に思いを馳せながら、涙を流して先に進んでいくのでしょう。今なら新幹線を使うと3時間程度(乗り換え含めて)の距離ですが、当時の人は何日もかけて行き来するのでしょうね。
テスト対策 第3回
「その3」は静岡県から東京の隅田川まで移動した一行が、遠くまできたことを嘆く場面です。
本文の確認
「渡し守」と一行とのやりとりについて、「都鳥」を見た一行の思いを考えながら読んでみましょう。
「テスト対策」はあえてふりがなをつけていません。不安な場合は、このページの上部「本文を読む」で確認してください。
なほ行き行きて、武蔵の国と下総の国との中に、いと大きなる川あり。それをすみだ川といふ。その川のほとりに群れゐて思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
読みで問われやすい語
「武蔵」「下総」「嘴」「鴫」です。「むさし」「しもつふさ」「はし」「しぎ」ですが、これらは出題確率としてはそれほど高くありません。「武蔵」「下総」は地名なので、場所も分かるようにしてくださいね。
あらすじの確認
・さらに進んで、武蔵の国と下総の国を結ぶ「すみだ川」に到着する
・川のほとりで改めて遠くに来たことを嘆く
・「渡し守」が、日が暮れるので早く船に乗れと催促する
・京都に残してきた人のことを思って嘆きながらも一行は船に乗る
・そんなときに、くちばしと脚が赤く鴫くらいの大きさの白い鳥を見る
・「渡し守」はその鳥を「都鳥」だという
・「都鳥」に関する和歌を詠み、船で涙を流す
出題ポイント
以下の項目が何も見ずに訳すことができるか確認してください。
- わびあへるに
- 日も暮れぬ
- 白き鳥の、はしと脚と赤き、鴫の大きさなる
- 名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
わびあへるに
《出題ポイント!》
全体の訳出と主語の確認
→(訳)みんな嘆いていると
「わぶ」は「困惑、悲哀、失意」の意味を持っている語で、「困る、嘆く、つらく思う」などと訳します。ここでは、「嘆く、つらく思う」がぴったりくるでしょうか。次に「あへる」です。「あへ」は「合う」で、現代語でも「〜しあう」といいます。「みんな〜する」という意味でとっておくとよいでしょう。また、「あへ」はハ行四段活用の已然形(命令形)なので、「あへる」の「る」は存続(完了)の助動詞「り」の連体形だということもわかります。
日も暮れぬ
《出題ポイント!》
「ぬ」の意味
→(訳)日も暮れてしまう
ここでは、「ぬ」の働きが問題になります。単純化すると、「日も暮れた」のか「日も暮れない」のかどちらかです。これは「ぬ」の識別という知識が必要になります。こちらで詳しく説明していますので、こちらは結論だけですが、「ぬ」は完了の助動詞の終止形です。
白き鳥の、はしと脚と赤き、鴫の大きさなる
《出題ポイント!》
・「白き鳥の」にある「の」の働き
・全体の訳出
→(訳)白い鳥で、くちばしと脚とが赤く、鴫くらいの大きさである鳥が
「白き鳥の」の「の」について解説しておきます。この「の」は同格の「の」と言われるものです。「白き鳥」と「はし(=くちばし)と脚と赤き、鴫の大きさなる(鳥)」が同じ「鳥」を表していることが分かればよいでしょう。
《和歌》名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
《出題ポイント!》
・何という「名」を負っているのか
・句切れの位置
・「ありやなしやと」の意味
→(歌訳)「都」という名を負っているならば、さあ尋ねよう。都鳥よ、私の想う人は元気にしているのかいないのか
これは前から一つずつ理解していく方がよいでしょう。
「名にし負はば」は「名前を背負っているならば」です。「し」が強意の副助詞で、意味を強めたり語調を整えたりする(訳さなくてもよい)ものだと分かれば、あとは「名」がどのような名なのか考えると理解できそうです。前の渡し守の言葉から「都鳥という名」と分かります。その名前を負っているなら「お前にたずねたい」と最初の2句で言っているのです。「いざ」は「さあ」と訳します。また、「む」は意志の助動詞「む」の終止形ですので、この和歌は二句切れです。
後ろの3句は「ありやなしや」の解釈ができれば全体が分かりそうです。「や」が疑問を表しているので直訳は「いるのかいないのか」ですが、この和歌の少し手前に「京に思ふ人なきにしもあらず」とあったので、この和歌は京都に残してきた想い人への歌だと考えられます。よって、「ありやなしや」は「元気にしているのかいないのか」などと解釈できればよいでしょう。
大きな川に橋など渡せることのできない時代、船に乗るということは、自分ではもう戻れないということを表すのでしょうね。心情的にもより遠くに行く感じがします。そんな彼らは都に思いを馳せながら、涙を流して先に進んでいくのでしょう。
文法の確認
今回も助動詞です。「打消」「過去」「完了」の助動詞に絞って確認していきます。
問(文章3)から、「打消」「過去」「完了」の助動詞を指定の数だけ抜き出し、その文法的意味と活用形を書きなさい。
(文章3)「ず」3「けり」4「ぬ」3「り」2
なほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかな、とわびあへるに、渡し守、「はや船に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
と詠めりければ、船こぞりて泣きにけり。
解答は以下のとおりです。
(文章3)なほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来に(完了・用)ける(過去・体)かな、とわびあへる(存続・体)に、渡し守、「はや船に乗れ。日も暮れぬ(完了・終)。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず(打消・終)。さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ(打消・体)鳥なれば、みな人見知らず(打消・終)。渡し守に問ひけれ(過去・已)ば、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
と詠めり(完了・用)けれ(過去・已)ば、船こぞりて泣きに(完了・用)けり(過去・終)。
おわりに
全3回に渡ってお話してきた「東下り」もこれでおしまいです。長かったですが、「男」が都を出ることになったのも結局は自分の行動が原因なので、仕方がない部分があったのかもしれません。都に居づらくなったのは、入内させる娘を奪って逃げたことも大きな要因でしょう。この話は「芥川」に見えますね。とはいえ、辛く苦しい状況になった時、人はどのように考えるのか、今も昔も変わらないのではないかと思わせる文章でした。では、また次回お会いしましょう。
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