このページでは、学生時代に国語が苦手だった筆者が、この順番で学べば文章の内容が分かるようになり、一気に得意科目にできたという経験をもとに、25年以上の指導において実際に受講生に好評だった「これなら古文が理解できる!」という学ぶ手順を具体的に紹介していきます。読んでいくだけで、文章の内容が分かるようになります。また、テスト前に学習すると、これだけ覚えておいたらある程度の点数は取れるという「テスト対策」にも多くの分量を割いて説明します。
はじめに
今回は『伊勢物語』第九段です。多くの教科書が「東下り(あづま下り)」という題名で載せています。「伊勢物語」については第六段「芥川」の「はじめに」で説明していますので、詳細はそちらをご覧ください。以下は歌物語の一覧です。
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「東下り」読解のコツ&現代語訳
古文を読解する5つのコツをお話しましょう。以下の順に確認していくと以前よりも飛躍的に古文が読めるようになるはずです。
何度も本文を読んでみて(できれば声に出して)、自分なりに文章の内容を想像してみます。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」「どのようなことを言っているか」「どのような行動をしているか」を考えていきます。

本文にどのような人物が出てきているか、確認します。紙で文章を読むときは、鉛筆などで▢をつけるとよりよいでしょう。
簡単でもよいので、誰かに「こんなお話」だと説明できる状態にします。ここでは、合っているかどうかは関係ありません。今の段階で、こんな話じゃないかなと考えられることが大切なのです。考えられたら、実際にこの項目をみてください。自分との違いを確認してみましょう。
古文を読んでいると、どうしても自力では分からない所がでてきます。ちなみに、教科書などでは注釈がありますが、注釈があるところは注釈で理解して構いません。それ以外のところで、多くの人が詰まるところがありますが、丁寧に解説しているので見てみてください。

step4とstep5は並行して行います。きっと、随分と読めるようになっているはずです。
本文を読む
何度も本文を読んでみて、自分なりに文章の内容を想像してみましょう。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」、「どのようなことを言っているか」、「どのような行動をしているか」を考えていきます。

昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、「京にはあらじ。東の方に住むべき国求めに。」とて行きけり。もとより友とする人一人二人して行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水行く川の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木のかげに下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。
唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落としてほとびにけり。(『伊勢物語』より)
文章を読むことができたら、下の「登場人物の確認」「内容を簡単に理解」を読んで、自分の理解と合っていたかを確認します。
登場人物の確認
- 男
- 友(一人二人)
内容を簡単に理解
- 「男」が自分の身を(都では)必要のない者だと感じて、友人たち一人二人とともに、都を出て東へ住むべき国を求めて出かける
- 道中迷いながらも、三河の国(愛知県東部)八橋という場所にたどり着く
- 「八橋」は蜘蛛の手のような川の形状に橋を8つ架けているからその名前になる
- 川のほとりで木の陰に座って乾飯を食べる
- その沢に「かきつばた」が美しく咲いている
- ある人が「かきつばたの五字を句の上に据えて、旅の心を詠め」という
- 和歌を詠む
- 皆、感動して乾飯の上に涙を落とし、乾飯はふやけて食べやすくなる
今回は和歌の説明が大変ですが、文章の内容としては古文独特の単語もほとんどなく、初見である程度の内容がつかめそうです。多少の助動詞の知識が必要になりますが、それは徐々に分かっていけばよいでしょう。
理解しにくい箇所の解説を見る
本文を読んで自分で内容を考えていったときに、おそらく以下の箇所が理解しにくいと感じたでしょう。その部分を詳しく説明します。解説を読んで、理解ができたら改めて本文を解釈してみてください。
- 昔、男ありけり。
- かきつばたいとおもしろく咲きたり
- 唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
①昔、男ありけり。

「昔、男」は『伊勢物語』の特徴的な書き出しです。「男」は「在原業平」がモデルであるということを知っていれば、「恋多き男の色恋沙汰の話」の可能性が高いと話の予想が立てやすくなり、本文を読むのが一段と早くなりますよ。今回は、都での生活がうまくいかずに、自暴自棄になっている「男」の話になっています。
次に、②までの本文を解釈してみましょう。
昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、「京にはあらじ。東の方に住むべき国求めに。」とて行きけり。もとより友とする人一人二人して行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水行く川の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木のかげに下りゐて、乾飯食ひけり。
(訳)はこちら(タップで表示)
昔、男がいた。その男は、自分自身を必要のない者と思い込んで、「京には住むまい。東国の方に住むのにふさわしい国を探しに(行こう)。」と思って出かけて行った。古くから友人としている人、一人二人と一緒に行った。道を知っている人もいなくて、さまよいながら行った。三河の国の八橋という所に行きついた。そこを八橋といったのは、水の流れゆく川が蜘蛛の足のよう(に四方八方に分かれている)ので、橋を八つ渡してあることによって、八橋といったのだ。その沢のほとりの木陰に(馬から)降りて座り、乾飯を食べた。
②かきつばたいとおもしろく咲きたり
(訳)はこちら
かきつばたがとても美しく咲いていた

「かきつばた」はアヤメ科の植物です。水辺に生えて初夏に花をつけます。

「おもしろし」は重要単語です。漢字で書くと「面白し」ですが、分けて考えてみましょう。「面」は「顔」を表します。「つら」と読むときは現代語でも「顔」の意味ですね。「白し」は「明るい」というイメージを持っている語です。つまり、「見ていると顔が明るくなる」というのがもとの意味です。よって、(気持ちが)明るくなるようなものに対して用いられる形容詞だと分かります。
「面白し」(形・ク活)
1.見ていて心が晴れ晴れする
2.趣深い
ここでは、花に用いられているので、「美しい」などと訳しておくとよいでしょう。
では、③までの本文を解釈してみましょう。
その沢のほとりの木のかげに下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。
(訳)はこちら(タップで表示)
その沢にかきつばたがとても美しく咲いていた。それを見て、ある人が言うことには、「『かきつばた』という五文字を各句の頭に置いて、旅の思いを詠め。」と言ったので、(男が歌を)詠んだ。
③《和歌》唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
歌訳はこちら
(唐衣を繰り返し着ているうちに着慣れ(てよれよれになってしまっ)たように)慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばる着てしまった旅をしみじみ思うことだ

この和歌は大変です。結論を先に言うと、「折り句」「枕詞」「序詞」「掛詞」「縁語」と様々な修辞技法が用いられています。これらを瞬時に理解するのは、たとえ大学受験生でもまず無理でしょう。そこで、どのような順番で考えていけばよいか、それをこの和歌で考えていきたいと思います。
まずは、修辞技法を一切考えずに、この和歌で言いたいこと(メインテーマ)を考えみましょう。この文章のテーマは「旅の心」ですから、四句めと五句めを見ると言いたいことは分かりそうです。「はるばる(遠くまで)やって来た旅を(しみじみ)思う」ということでしょう。この内容に合わせると、3句めは「(都には残してきた)妻がいるので」となり、さらに2句めの後半は「慣れ親しんだ」となるわけですから、この和歌で言いたいことの中心は「都には慣れ親しんだ妻がいるので、はるばる遠くまでやって来た旅をしみじみ思う」ということになるでしょう。最初の「唐衣きつつ」はまだ分からないので、いまのところは置いておきます。
次に、この和歌で使われている修辞技法をもとに、この和歌の内容を深めていきましょう。
1番めに、この和歌のテーマは「旅の心」でしたが、その前にある条件がつけられていました。それは「『かきつばた』の五字を句の上に据える」ということです。これは現代で言う「あいうえお作文」のようなもので、例えば「やきそば」を説明する時に「や」「き」「そ」「ば」それぞれで始めるわけです。「やわらかい茹でたを鉄板で焼き」「きれいな皿に盛り付け」「ソースをかけて」「はやく食べる」・・・うまくないですが(笑)、このような遊びをしたこともあるでしょう。「ば」は濁点を除いて「は」としてもかまいません。和歌ではこれを「折り句」と呼び、この和歌では、実際に「かきつはた」がそれぞれの語の頭にきていますね。
2番めは「唐衣」に注目します。「唐衣」は唐風の着物という意味ですが、「着」にかかる「枕詞」でもあります。「枕詞」とはある特定の語を導く五文字の言葉でしたね。「枕詞」は原則として訳す必要はないのですが、ここでは訳さないと「着」る対象が分からないので、残しておきましょう。ここでの「唐衣きつつ」が「なれにし」以降にどのようにつながっていくのか、それを次に考えます。
3番めは「掛詞」について考えます。先程も言いました通り、「唐衣きつつ」は「なれにし」にはうまくつながりません。それは、「なれ」が「慣れ親しむ」と考えているからです。実は「なれ」は掛詞で、「慣れ(馴れ)」と「萎れ(=着慣れ(てよれよれにな)る)」と言う意味が掛けられています。その2つをつなぎ合わせると、「唐衣を着慣れたように、(都には)慣れ親しんだ妻がいる」となるわけです。この和歌で最も言いたいこと(これを私は「メインテーマ」と呼んでいます)は、「(都には)慣れ親しんだ妻がいるので〜」でしたので、「唐衣きつつ」は、「なれ」を導くためのサブの働きをしているということになります。これを「序詞」と言い、メインテーマをより際立たせるための働きをしているということを知っておいてください。極論を言うと、訳さなくてもよいとも言えます。
4番目は「縁語」について考えます。「唐衣」はサブの役割ではありますが、よく見ると和歌の中に「衣服」を想像させる語がいくつもあります。メインテーマとは異なるサブテーマを和歌の中に入れて言葉遊びをするのが「縁語」と言われるものです。この和歌では「唐衣」「着」「萎れ」「褄(衣の裾)」「張る」が「縁語」になっています。もちろん、「つま」「はる(ばる)」はメインテーマと異なる意味を含んでいるので、これも「掛詞」です。以上をまとめると、以下の板書のようになります。
以上の修辞技法を入れて訳をするのは至難の技ですが、なんとか訳すと以下のようになります。ただ、この時も助動詞の知識と助詞の知識が必要になるので、一応示しておきます。「なれにし」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「し」は過去の助動詞「き」の連体形です。「にき」「にけり」は「完了+過去」であることは、そろそろ覚えてしまいしょう。「つましあれば」の「し」、「旅をしぞ思ふ」の「し」はいずれも強意の副助詞といいます。語調を整えたり、前の語の意味を強めたりする働きをしますが、訳はしなくても問題ありません。

みんな和歌を聞いて感動して涙を流し、その涙で乾飯がふやけるという、最後はやや茶化した感じで終わらせています。シリアスになりすぎないように工夫したのでしょうか。
では、③からの本文を解釈してみましょう。
唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落としてほとびにけり。
(訳)はこちら(タップで表示)
(和歌)(唐衣を繰り返し着ているうちに着慣れ(てよれよれになってしまっ)たように)慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばる着てしまった旅をしみじみ思うことだ
と詠んだので、(その場に居合わせた)人々は皆、乾飯の上に涙を落として、(乾飯は)ふやけてしまった。
この後、「男」はさらに東に進み、最終的には東京都の隅田川を越えていくことになります。この続きは会員限定記事となります。続きの記事の閲覧を希望される人は下記の「会員限定記事の閲覧を希望する」をタップして会員登録を行ってください。
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「東下り」テスト対策
それでは、今回の「東下り」において、テストに出そうな内容にできるだけ絞ってお話します。テスト対策は次のような流れで行うとよいでしょう。このサイトは下記の流れで解説をしています。
テスト直前でもすべきことの基本は、「本文を読むこと」です。これまで学習した内容をしっかり思い出しながら読みましょう。
古文の問一は「よみ」の問題であることが多いですね。出題されるものは決まっているので、ここで落とさないように、しっかり確認しておくことです。
「どのような話」か、簡単に説明できる状態にしましょう。
ここでのメインになります。古文はどうしても「知識」を問う必要があるので、問われる箇所は決まってきます。それならば、「よく問われる」出題ポイントに絞って学習すれば、大きな失点は防げそうですね。このサイトでは「よく問われる」箇所のみを説明していますので、じっくり読んでみてください。
いわゆる「文学史」の問題です。テスト対策としては、それほど大きな点数にはならないので、時間がない場合は飛ばしてもよいかもしれません。
本文読解の一問一答を解答し、古典文法の問題を解答します。古典文法の問題は必ず出題されます。それは、直接「動詞の活用」や「助動詞の意味」を問うような問題だけでなく、現代語訳や解釈の問題などでも出題されます。必ず問題を解いて、できるようになっておきましょう。このサイトは文法事項の説明も充実しているので、詳しく知りたいときは、ぜひそれぞれの項目に進んで学習してみてください。
本文の確認
テスト直前でもすべきことの基本は、「本文を読むこと」です。
主人公は誰?なぜ京を出たの?どこにたどり着いたの?何を題にして歌を詠んだの?
そんなことを思い出しながら読んでみてください。
「テスト対策」はあえてふりがなをつけていません。不安な場合は、「読解のコツ」の「本文を読む」で確認してみてください。
昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、「京にはあらじ。東の方に住むべき国求めに。」とて行きけり。もとより友とする人一人二人して行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水行く川の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木のかげに下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。
唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落としてほとびにけり。
(『伊勢物語』より)
読みで問われやすい語
青線部の読みができるようになっておきましょう。
- 水行く川の蜘蛛手なれば、
- 乾飯食ひけり。
- かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。
解答はこちら(タップで表示)
「蜘蛛手」は「くもで」、「乾飯」は「かれいい」、「五文字」は「いつもじ」ですが、これらは出題確率としてはそれほど高くないと思います。
あらすじの確認
- 「男」が自分の身を(都では)必要のない者だと感じて、友人たち一人二人とともに、都を出て東へ住むべき国を求めて出かける
- 道中迷いながらも、三河の国(愛知県東部)八橋という場所にたどり着く
- 「八橋」は蜘蛛の手のような川の形状に橋を8つ架けているからその名前になる
- 川のほとりで木の陰に座って乾飯を食べる
- その沢に「かきつばた」が美しく咲いている
- ある人が「かきつばたの五字を句の上に据えて、旅の心を詠め」という
- 和歌を詠む
- 皆、感動して乾飯の上に涙を落とし、乾飯はふやけて食べやすくなる
出題ポイント
以下の項目が何も見ずに訳すことができるか確認してください。
- 昔、男ありけり。
- かきつばたいとおもしろく咲きたり
- 唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
①昔、男ありけり。
- 男は誰がモデルか
- 男はなぜ都を出たのか
「昔、男」は『伊勢物語』の特徴的な書き出しです。「男」は「在原業平」がモデルであるということを知っていれば、「恋多き男の色恋沙汰の話」の可能性が高いと話の予想が立てやすくなり、本文を読むのが一段と早くなりますよ。今回は、都での生活がうまくいかずに、自暴自棄になっている「男」の話になっています。
②かきつばたいとおもしろく咲きたり
(訳)はこちら(タップで表示)
かきつばたがとても美しく咲いていた
- 「おもしろし」の意味
「かきつばた」はアヤメ科の植物です。水辺に生えて初夏に花をつけます。
「おもしろし」は重要単語です。漢字で書くと「面白し」ですが、分けて考えてみましょう。「面」は「顔」を表します。「つら」と読むときは現代語でも「顔」の意味ですね。「白し」は「明るい」というイメージを持っている語です。つまり、「見ていると顔が明るくなる」というのがもとの意味です。よって、(気持ちが)明るくなるようなものに対して用いられる形容詞だと分かります。
「面白し」は「1.見ていて心が晴れ晴れする、2.趣深い」という意味ですが、ほとんどが2で訳すと意味が通じます。
ここでは、花に用いられているので、「美しい」などと訳しておくとよいでしょう。
③《和歌》唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
歌訳はこちら(タップで表示)
(唐衣を繰り返し着ているうちに着慣れ(てよれよれになってしまっ)たように)慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばる着てしまった旅をしみじみ思うことだ
- 様々な修辞技法を説明する
まずは、修辞技法を一切考えずに、この和歌で言いたいこと(メインテーマ)を考えみましょう。この文章のテーマは「旅の心」ですから、四句めと五句めを見ると言いたいことは分かりそうです。「はるばる(遠くまで)やって来た旅を(しみじみ)思う」ということでしょう。この内容に合わせると、3句めは「(都には残してきた)妻がいるので」となり、さらに2句めの後半は「慣れ親しんだ」となるわけですから、この和歌で言いたいことの中心は「都には慣れ親しんだ妻がいるので、はるばる遠くまでやって来た旅をしみじみ思う」ということになるでしょう。最初の「唐衣きつつ」はまだ分からないので、いまのところは置いておきます。
次に、この和歌で使われている修辞技法をもとに、この和歌の内容を深めていきましょう。
1番めに、この和歌のテーマは「旅の心」でしたが、その前にある条件がつけられていました。それは「『かきつばた』の五字を句の上に据える」ということです。和歌ではこれを「折り句」と呼び、この和歌では、実際に「かきつはた」がそれぞれの語の頭にきていますね。
2番めは「唐衣」に注目します。「唐衣」は唐風の着物という意味ですが、「着」にかかる「枕詞」でもあります。「枕詞」とはある特定の語を導く五文字の言葉でしたね。「枕詞」は原則として訳す必要はないのですが、ここでは訳さないと「着」る対象が分からないので、残しておきましょう。ここでの「唐衣きつつ」が「なれにし」以降にどのようにつながっていくのか、それを次に考えます。
3番めは「掛詞」について考えます。先程も言いました通り、「唐衣きつつ」は「なれにし」にはうまくつながりません。それは、「なれ」が「慣れ親しむ」と考えているからです。実は「なれ」は掛詞で、「慣れ(馴れ)」と「萎れ(=着慣れ(てよれよれにな)る)」と言う意味が掛けられています。その2つをつなぎ合わせると、「唐衣を着慣れたように、(都には)慣れ親しんだ妻がいる」となるわけです。この和歌で最も言いたいこと(これを私は「メインテーマ」と呼んでいます)は、「(都には)慣れ親しんだ妻がいるので〜」でしたので、「唐衣きつつ」は、「なれ」を導くためのサブの働きをしているということになります。これを「序詞」と言い、メインテーマをより際立たせるための働きをしているということを知っておいてください。極論を言うと、訳さなくてもよいとも言えます。
4番目は「縁語」について考えます。「唐衣」はサブの役割ではありますが、よく見ると和歌の中に「衣服」を想像させる語がいくつもあります。メインテーマとは異なるサブテーマを和歌の中に入れて言葉遊びをするのが「縁語」と言われるものです。この和歌では「唐衣」「着」「萎れ」「褄(衣の裾)」「張る」が「縁語」になっています。もちろん、「つま」「はる(ばる)」はメインテーマと異なる意味を含んでいるので、これも「掛詞」です。以上をまとめると、以下の板書のようになります。

以上の修辞技法を入れて訳をするのは至難の技ですが、なんとか訳すと以下のようになります。
(再掲)(唐衣を繰り返し着ているうちに着慣れ(てよれよれになってしまっ)たように)慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばる着てしまった旅をしみじみ思うことだ
「つましあれば」の「し」、「旅をしぞ思ふ」の「し」はいずれも強意の副助詞といいます。語調を整えたり、前の語の意味を強めたりする働きをしますが、訳はしなくても問題ありません。
文学作品・文学史の確認
「伊勢物語」は、十世紀(平安時代中期)に成立した、ジャンルとしては「歌物語」に位置づけされます。「歌物語」というのは、文字通りお話の中に「和歌」が含まれるものということですが、「作り物語」と異なるのは「和歌」を中心としてお話が作られていることが特徴だということです。
文章は一つ一つのお話が短く、「昔、男〜」で始まることが多いのが特徴です。この「男」は在原業平がモデルであると考えられ、この男の人生を描いたような形をとっています。他の作品に「在五中将の日記」「在五が物語」などと書かれています。「在五」とは在原業平のことを指すので、在原業平がモデルだと言われるのです。在原業平は色男で有名なので、『伊勢物語』は色恋沙汰の話が多いと思っていたらよいでしょう。ついでに、「歌物語」をまとめたものを以下に示します。

練習問題(読解一問一答&文法問題)
では、上記の内容が本当に理解できたか、実際に問題を解きながら確認してみましょう。
読解一問一答 5選
1多くの章段が「昔、男」で始まるこの文章の作品名と成立時代を答えなさい。
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(『伊勢物語』、平安時代(900年代中頃))
※「男」は在原業平がモデルとされています。
2「「京にはあらじ。東の方に住むべき国求めに。」とて行きけり。」という思いに男が至ったのはなぜか。
解答(タップで表示)
(都では、自分の身を必要のない者だと感じていたから。)
3「かきつばたいとおもしろく咲きたり。」を現代語訳しなさい。
解答(タップで表示)
(かきつばたがとても美しく咲いていた。)
4「唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」という和歌はどのようなテーマで歌うよう指示があったか。
解答(タップで表示)
(「かきつばた」の五字を各句の頭に据えて、旅の心を読む)
5「唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」の和歌に用いられている掛詞の中で、「なれ」「つま」「はるばる」はそれぞれ何と何が掛けられているか。
解答(タップで表示)
「なれ」…「慣れ(馴れ)」と「萎れ(=着慣れ(てよれよれにな)る)」
「つま」…「妻」と「褄」(和服の腰から下のへりの部分)
「はるばる」…「遥々」と「張る」
文法の確認
今回は助動詞の確認です。助動詞は語数も多く、様々な意味を持つので習得に時間がかかりますが、順番にやっていけば必ず身につくので、頑張って進めていきましょう。
今回は「打消」「過去」「完了」の助動詞に絞って確認していきます。
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【問題】(文章1)から、「打消」「過去」「完了」の助動詞を指定の数だけ抜き出し、その文法的意味と活用形を書きなさい。
(文章1) 「き」1「けり」10「ぬ」4「たり」1「り」4
昔、男ありけり。その男、身を要なきものに思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとてゆきけり。もとより友とする人、一人二人して行きけり。道知れる人もなくて、まどひ行きけり。三河の国八橋といふ所に至りぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばた、といふ五文字を句の上にすゑて、旅の心を詠め。」と言ひければ、詠める。
から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
と詠めりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。
【解答】はこちら(タップで表示)
解答は以下のとおりです。活用形は省略形で記しています。
(文章1)昔、男ありけり(過去・終)。その男、身を要なきものに思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとてゆきけり(過去・終)。もとより友とする人、一人二人して行きけり(過去・終)。道知れる(存続・体)人もなくて、まどひ行きけり(過去・終)。三河の国八橋といふ所に至りぬ(完了・終)。そこを八橋といひける(過去・体)は、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せる(存続・体)によりてなむ、八橋といひける(過去・体)。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり(過去・終)。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり(存続・終)。それを見て、ある人のいはく、「かきつばた、といふ五文字を句の上にすゑて、旅の心を詠め。」と言ひけれ(過去・已)ば、詠める(完了・体)。
から衣きつつなれに(完了・用)し(過去・体)つましあればはるばるきぬる(完了・体)旅をしぞ思ふ
と詠めり(完了・用)けれ(過去・已)ば、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびに(完了・用)けり(過去・終)。
おわりに
「東下り」は「八橋」での和歌を中心にお話しました。和歌の説明は読むだけでも非常に大変でしたね。もちろん、こんなすごい和歌があったのだと思うだけでもいいのですが、せっかくなので今回は初見でどのように対応していくかということを主眼として解説をしてみました。この後の文章では、さらに東に向かいます。この続きは会員限定記事となります。続きの記事の閲覧を希望される人は下記の「会員限定記事の閲覧を希望する」をタップして会員登録(無料)を行ってください。
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