『大鏡』の解説|「雲林院の菩提講」読解のコツ&現代語訳

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 このページでは、学生時代に国語が苦手だった筆者が、この順番で学べば文章の内容が分かるようになり、一気に得意科目にできたという経験をもとに、25年以上の指導において実際に受講生に好評だった「これなら古文が理解できる!」という学ぶ手順を具体的に紹介していきます。読んでいくだけで、文章の内容が分かるようになります。

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目次

はじめに

今回の文章は『大鏡』ですよね。大きな鏡で誰かを映す話ですか。

完全に間違いとはいえないけど、「歴史を明らかに映し出す優れた鏡」という意味なんだよ。つまり、ある時代の歴史が描かれてい文章なんだね。では、今回は『大鏡』の文章を読んでいくための、基礎知識を解説していくね。

『大鏡』について

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 『大鏡』は平安時代の後期に作られた歴史物語です。『源氏物語』や『枕草子』が作られた藤原道長の時代や、京都の北野天満宮や福岡の太宰府天満宮でまつられている菅原道真などのことが書かれています。細かい話は後で述べるとして、この歴史物語が書かれている内容がどのようなものか、以下の「雲林院の菩提講」という文章を読んでいきながら、理解していきましょう。

「雲林院の菩提講」読解のコツ

 今回の話題の中心は『大鏡』の解説ですが、「雲林院の菩提講」を読みながら解説するので、いつもどおり古文読解の5つのコツをお話しましょう。以下の順に確認していくと以前よりも飛躍的に古文が読めるようになるはずです。

STEP
本文を読む

何度も本文を読んでみて(できれば声に出して)、自分なりに文章の内容を想像してみます。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」「どのようなことを言っているか」「どのような行動をしているか」を考えていきます。

STEP
登場人物を確認する

本文にどのような人物が出てきているか、確認します。紙で文章を読むときは、鉛筆などで▢をつけるとよりよいでしょう。

STEP
内容を大まかに把握し、説明する

簡単でもよいので、誰かに「こんなお話」だと説明できる状態にします。ここでは、合っているかどうかは関係ありません。今の段階で、こんな話じゃないかなと考えられることが大切なのです。考えられたら、実際にこの項目をみてください。自分との違いを確認してみましょう。

STEP
重要単語を確認して覚える

古文を読解する上で避けられないのは、「古文単語」を覚えることです。単語集で覚えるのもよいですが、文章の中で覚えられるともっといいですね。文章で出てきた単語は、他の文章でも使えるように解説していますので、応用を利かせたい人はぜひそこまで読んでみてくださいね。また、古文単語は意味だけでなく、その語が発生した経緯などが分かると面白いですよ。

STEP
改めて本文を解釈する

今回は、単語だけ確認して、あとは物語の内容を追っていきます。それでも本文の内容は十分理解できるようになると思いますよ。

本文を読む

 何度も本文を読んでみて、自分なりに文章の内容を想像してみましょう。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」、「どのようなことを言っているか」、「どのような行動をしているか」を考えていきます。

 さいつころ()(りん)(ゐん)()(だい)(かう)(まう)でて(はべ)りしかば、(れい)(ひと)よりはこよなう(とし)()い、うたてげなる(おきな)二人(ふたり)(おうな)といき()ひて、(おな)(ところ)()ぬめり。あはれに(おな)じやうなる(もの)のさまかなと()(はべ)りしに、これらうち(わら)ひ、()()はして()ふやう、「(とし)ごろ、(むかし)(ひと)(たい)()して、いかで()(なか)()()くことをも()こえ()はせむ、このただ(いま)(にふ)(だう)殿(てん)()(おほん)ありさまをも(まう)()はせばやと(おも)ふに、あはれにうれしくも()(まう)したるかな。(いま)(こころ)(やす)()()()もまかるべき。(おぼ)しきこと()はぬは、げにぞ(はら)ふくるる心地(ここち)しける。かかればこそ、(むかし)(ひと)はもの()はまほしくなれば、(あな)()りては()()(はべ)りけめとおぼえ(はべ)り。(かへ)(がへ)すうれしく(たい)()したるかな。さても、いくつにかなり(たま)ひぬる。」と()へば、いま一人(ひとり)(おきな)、「いくつといふこと、さらにおぼえ(はべ)らず。ただし、おのれは、()(だい)(じやう)大臣(おとど)(てい)(しん)(こう)蔵人(くらうど)(せう)(しやう)(まう)しし(をり)小舎人(こどねり)(わらは)(おほ)(いぬ)(まろ)ぞかし。ぬしは、その(おほん)(とき)(はは)(きさき)(みや)(おほん)(かた)(めし)使(つかひ)(かう)(みやう)(おほ)(やけの)()(つぎ)とぞ()(はべ)りしかしな。されば、ぬしの()(とし)は、おのれにはこよなくまさり(たま)へらむかし。(みづか)らが()(わらは)にてありしとき、ぬしは()(じふ)()(ろく)ばかりの(をのこ)にてこそはいませしか。」と()ふめれば、()(つぎ)、「しかしか、さ(はべ)りしことなり。さても、ぬしの()()はいかにぞや。」と()ふめれば、「(だい)(じやう)(だい)(じん)殿(どの)にて(げん)(ぷく)(つか)まつりしとき、『きむぢが(さう)(なに)ぞ。』と(おほ)せられしかば、『(なつ)(やま)となむ(まう)す。』と(まう)ししを、やがて(しげ)()となむ()けさせ(たま)へりし。」など()ふに、いとあさましうなりぬ。  (たれ)(すこ)しよろしき(もの)どもは()おこせ、()()りなどしけり。(とし)三十(みそぢ)ばかりなる(さぶらひ)めきたる(もの)の、せちに(ちか)()りて、「いで、いと(きよう)あること()(らう)()たちかな。さらにこそ(しん)ぜられね。」と()へば、(おきな)二人(ふたり)()()はしてあざ(わら)ふ。(『大鏡』より)

文章を読むことができたら、下の「登場人物の確認」「内容を簡単に理解」を読んで、自分の理解と合っていたかを確認します。

登場人物の確認

・うたてげなる翁二人 ・嫗  
・侍めきたる者

今回の登場人物は上記の4人ですが、他にも「入道殿下」(藤原道長)「太政大臣貞信公」(藤原忠平)・皇太后宮()が文章中には出てきます。あと、作者と思われる人物が少しだけ表れます。

お話を簡単に理解

・作者と思われる人物が「雲林院の菩提講」に参詣したときに、老翁二人と嫗に出会う。
・一人の翁が相手の翁に、「昔の知り合いに、自分が見たり聞いたりしてきたこと、藤原道長公の話などもしたいと思っていたところ、会えてうれしい」と言う。
・一人の翁が相手の翁に年齢を聞くと、「はっきり覚えていないが、太政大臣貞信公が若いときに小間使いといて仕えていた大犬丸である」と言う。
・相手の翁は一人の翁のことを覚えており、「あなたは皇太后宮(宇多天皇の母后班子女王)の召使いである大宅世継で、自分よりも年上だ」と言う。
・一人の翁が名前を聞くと、相手の翁は夏山繁樹だと答える。
・二人があまりに年を取っているので、作者と思われる人物は驚き呆れる。
・三十歳くらいの侍らしく見える者が近くによってきて、興味深そうに話しかける。

重要単語の確認

本文中の、以下の単語は重要単語です。この場で覚えてしまいましょう。まず、①〜⑤の重要語です。

 さいつころ(う)(りん)(ゐん)(ぼ)(だい)(かう)(まう)でて(はべ)りしかば、(れい)(ひと)よりはこよなう(とし)(お)い、①うたてげなる(おきな)二人(ふたり)といき(あ)ひて、(おな)(ところ)(ゐ)ぬめり。②あはれに(おな)じやうなる(もの)のさまかなと(み)(はべ)りしに、これらうち(わら)ひ、(み)(か)はして(い)ふやう、「③(とし)ごろ(むかし)(ひと)(たい)(め)して、④いかで(よ)(なか)(み)(き)くことをも⑤(き)こえ(あ)はせむ、このただ(いま)(にふ)(だう)殿(てん)(が)(おほん)ありさまをも(まう)(あ)はせばやと(おも)ふに、あはれにうれしくも(あ)(まう)したるかな。

①「うたてげなり」

「うたてげなり」(形動・ナリ活)
 =異様な感じ/イヤな感じである

この語は「うたて」の持つイメージを知っておく必要があります。「程度が進みすぎる異常なさまに対する不快感」を表します。それが分かると、形容詞の「うたてし」、形容動詞の「うたてげなり」、副詞の「うたて」、動詞の「うたてがる」など、どれが出てきても語のイメージは分かります。

②「あはれなり」

「あはれなり」(形動・ナリ活用)
 =しみじみとした趣がある

この語も「あはれ」の持つイメージを知っておくとよいですね。「しみじみとした感動」を表しています。なので、感動詞の「あはれ」も「ああ」と訳しますが、しみじみした感動を訴えていることになるわけです。「あはれなり」は、訳すときに「しみじみ」という言葉を入れましょう!

③「年ごろ」

「年ごろ」(年頃・年比・年来)
 1長年 2数年間・数年来

「ころ」が期間を表す説に従うと、「数年の期間」という2の意味になります。感覚としてそれが長いので「長年」という意味が出てきます。この単語を覚えるときは、「日ごろ」「月ごろ」も一緒に覚えておきましょう。「数日間」「数カ月間」という意味です。

④「いかで」

「いかで」(副)
 1どうして(疑問/反語)
 2なんとかして(〜しよう/したい)

「いかで」は「いかにして」がつづまった語です。ここでは後に「聞こえ合わせむ」があるので、2の意味になります。

⑤「聞こゆ」

「聞こゆ」(動・ヤ下二)
 1 聞こえる
 2 うわさされる/評判になる
 3(謙)申し上げる
(←「言ふ」)
 4(謙)【補】ーー申し上げる

「聞こゆ」が3・4のように謙譲語になることがあることを覚えておきましょう。「偉い人の耳に聞こえる」というところからそのような意味になります。ここでは、3の意味ですが、「聞こえ合はす」で「話し合い申しあげる」などと訳します。

次に⑥〜⑩の重要語です。

(いま)(こころ)(やす)(よ)(み)(ぢ)も⑥まかるべき。(おぼ)しきこと(い)はぬは、げにぞ(はら)ふくるる心地(ここち)しける。かかればこそ、(むかし)(ひと)はもの(い)⑦まほしくなれば、(あな)(ほ)りては(い)(い)(はべ)りけめとおぼえ(はべ)り。(かへ)(がへ)すうれしく(たい)(め)したるかな。さても、いくつにかなり(たま)ひぬる。」と(い)へば、いま一人(ひとり)(おきな)、「いくつといふこと、さらにおぼえ(はべ)らず。ただし、おのれは、(こ)(だい)(じやう)大臣(おとど)(てい)(しん)(こう)蔵人(くらうど)(せう)(しやう)(まう)しし(をり)小舎人(こどねり)(わらは)(おほ)(いぬ)(まろ)ぞかし。ぬしは、その(おほん)(とき)(はは)(きさき)(みや)(おほん)(かた)(めし)使(つかひ)(かう)(みやう)(おほ)(やけの)(よ)(つぎ)とぞ(い)(はべ)りしかしな。されば、ぬしの(み)(とし)は、おのれにはこよなくまさり(たま)へらむかし。(みづか)らが(こ)(わらは)にてありしとき、ぬしは(に)(じふ)(ご)(ろく)ばかりの(をのこ)にてこそは⑧いませしか。」と(い)ふめれば、(よ)(つぎ)、「しかしか、さ(はべ)りしことなり。さても、ぬしの(み)(な)はいかにぞや。」と(い)ふめれば、「(だい)(じやう)(だい)(じん)殿(どの)にて(げん)(ぷく)(つか)まつりしとき、『きむぢが(さう)(なに)ぞ。』と(おほ)せられしかば、『(なつ)(やま)となむ(まう)す。』と(まう)ししを、⑨やがて(しげ)(き)となむ(つ)けさせ(たま)へりし。」など(い)ふに、いと⑩あさましうなりぬ。

⑥「まかる」

「まかる(罷る)」(動・ラ四)
 1退出する・地方に出向く

 2参上する

基本的には、身分の高い人や目上の人のもとから離れるという意味です。たまに「参上する」という見た目では逆の意味になることもあります。ここでは、まさに「参上する」ですが、「帝のいる現世を退出して「黄泉の国(死後の世界)」に参上する」というような感覚なのでしょう。

⑦「まほし」

「まほし」(助動)
 接続=未然形
 活用=形容詞型(シク活用)
 意味=自己の希望(〜たい)

「まほし」は自己の希望を表す助動詞で、「〜したい」と訳します。なので、「言はまほしくなれば」は、「言いたくなるので」と訳せばよいわけです。助動詞は別の項目で一つずつまとめていますので、詳しくはそちらをご覧ください。

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⑧「います」

「います」(動・サ四)
 =いらっしゃる(尊敬語)

「あり・をり・行く・来」の尊敬語です。「おはす」よりも古く、奈良時代の尊敬の動詞「坐す(ます)」に接頭語「い」のついたものです。わたしたちが学ぶ平安時代以降の古典ではあまり使われません。更に敬意が高まった「いますがり」(いまそかり)はラ変動詞です。

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⑨「やがて」

「やがて」(副)
 =そのまま/すぐに

語のイメージは、「時間的にも状態的にも隔たりがなく、前に引き続くさま」です。「時間的に」が「すぐに」、「状態的に」が「そのまま」の意味です。ここでは時間的な問題なので「すぐに」という意味になります。ちなみに私立大学の入試で「そのまま」「すぐに」のどちらかを選ばせる問題は出たことがあります。

⑩「あさまし」

「あさまし」(形・シク活)
 =(意外なことに)驚きあきれる/興ざめだ/情けない

今のみなさんなら、当然覚えている(はずの)言葉です。

最後に⑪〜⑬の重要語です。

 (たれ)(すこ)し⑪よろしき(もの)どもは(み)おこせ、(ゐ)(よ)りなどしけり。(とし)三十(みそぢ)ばかりなる(さぶらひ)めきたる(もの)の、⑫せちに(ちか)(よ)りて、「いで、いと(きよう)あること(い)(らう)(ざ)たちかな。⑬さらにこそ(しん)ぜられね。」と(い)へば、(おきな)二人(ふたり)(み)(か)はしてあざ(わら)ふ。

⑪「よろし」

「よろし」(形・シク活)
 1悪くはない 2普通だ

「よし」→「よろし」→「わろし」→「あし」の順で程度を考えると、「よろし」は最高の状態ではないことを指しています。ここでは、「少し身分が高い者」と訳せばよいでしょう。

⑫「せちなり」

「切なり(せちなり)」(形・ナリ活)
 1ひたすらだ/切実だ

 2すばらしい/おもしろい

1の意味を覚えます。漢字で「切なり」なので「切実」であることは分かりやすいですね。ただし、「せちなり」と読むことは知っておいてください。

⑬「さらに〜打消」

「さらに〜打消」
 =全く・決して〜ない

全否定の構文を作る言葉です。下に打消表現がないときは、現代語と同じです。

文章の確認

少しずつ読みながら、解説していきます。上記の単語が分かっていると、かなり読みやすい文章です。

 さいつころ雲林院の菩提講に詣でて侍りしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる(おきな)二人、(おうな)といき合ひて、同じ所に居ぬめり。

(訳)はこちら(タップで表示)

 先だって、(私が)雲林院の菩提講に参詣しておりましたところ、普通の(老)人よりは格段に年をとり、異様な感じの年老いた男二人と、年老いた女(一人)とが(その講で)偶然に出会って、同じ場所に座り合わせたようだ。

雲林院で僧からの講義があるとき、異様なほど年老いた二人の老人(大宅世継と夏山繁樹)と繁樹の妻である老婆が一堂に会する場面です。作者と思われる人物がその様子を見ています。

一箇所だけ品詞分解しておきます。「居ぬめり」はワ行上一段活用動詞「居る」の連用形、「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形、「めり」は推定の助動詞「めり」の終止形です。ここで助動詞について、少し復習しておきたいですね。

↑詳細はタップして確認

あはれに同じやうなる者のさまかなと見侍りしに、これらうち笑ひ、見交はして言ふやう、「年ごろ、昔の人に(たい)(め)して、いかで世の中の見聞くことをも聞こえ合はせむ、このただ今の入道殿(てん)(が)(おほん)ありさまをも申し合はせばやと思ふに、あはれにうれしくも会ひ申したるかな。今ぞ心安く(よ)(み)(ぢ)もまかるべき。思しきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心地しける。かかればこそ、昔の人はもの言はまほしくなれば、穴を掘りては言ひ入れ侍りけめとおぼえ侍り。返す返すうれしく対面したるかな。さても、いくつにかなり給ひぬる。」と言へば、

(訳)はこちら(タップで表示)

(私が)しみじみ感慨深げに同じような(超高年齢の)老人たちの様子だなあと見ましたところ、この老人たちは互いに笑って、顔を見合わせて言うには、「長年、昔の知人に顔を合わせて話をし、何とかして(自分が今までに)世の中の見たり聞いたりしたことをお話し合い申し上げたい、(そして、当時の時の人である)この現在の入道殿下(藤原道長)のご様子をもお話し合い申し上げたいと思うが、しみじみ感慨深くうれしくもお会い申し上げたなあ。今こそ安心して冥途への道にも参上することができるでしょう。(胸の内に)思っていることを言わないのは、本当に腹がふくれるような(嫌な)気持ちがするよ。こんなことだからこそ、昔の人は(何か)ものを言いたくなると、穴を掘っては(その中に)言い入れたのでございましょうと思われます。何度考えてもうれしくも(ここで)顔を合わせたことだなあ。それはそうと、(あなたは)いくつにおなりになったか。」と言うと、

一人の老人(大宅世継)が、自分と歳の近い人に会うことができて喜んでいる場面です。「入道殿下」(藤原道長)について話をしたいと言っています。また、もう一人の老人(夏山繁樹)に年齢を聞いています。

いま一人の翁、「いくつといふこと、さらにおぼえ侍らず。ただし、おのれは、故(だい)(じやう)大臣(おとど)(てい)(しん)公、蔵人(くらうど)(せう)(しやう)と申しし折の小舎人(こどねり)(わらは)(おほ)(いぬ)(まろ)ぞかし。ぬしは、その御時の(はは)(きさき)の宮の御方の(めし)使(つかひ)、高名の(おほ)(やけの)(よ)(つぎ)とぞ言ひ侍りしかしな。されば、ぬしの(み)年は、おのれにはこよなくまさり給へらむかし。自らが(こ)(わらは)にてありしとき、ぬしは二十五、六ばかりの(をのこ)にてこそはいませしか。」と言ふめれば、

(訳)はこちら(タップで表示)

もう一人の年老いた男が、「いくつということは、まったく覚えておりません。そうですが、私は、お亡くなりになった太政大臣貞信公(藤原忠平)が、蔵人の少将と申し上げたころの小舎人童(を務めていた)、大犬丸ですよ。あなたは、その(宇多天皇の)御代の皇太后宮の御方の召使(で)、名高い大宅世継と言います(方です)なあ。そうしますと、あなたのご年齢は、私よりはずっと上でいらっしゃるでしょうよ。私が(まだ)幼い子供だったとき、あなたはもう二十五、六歳ほどの(成人した立派な)男でいらっしゃった。」と言うと、

夏山繁樹が自己紹介をしています。ここで、最初に話した老人が「大宅世継」という名前であることが分かります。夏山繁樹の方が年齢が10歳以上、下であるということも分かります。

一つだけ品詞分解します。「こよなくまさり給へらむかし」は「こよなく」(副詞)「まさり」(ラ行四段活用連用形)はいいとして、「給へ」は、尊敬語の補助動詞ですが、ハ行四段活用の已然形です。「ら」が存続・完了の助動詞「り」の未然形で「む」が推量の助動詞「む」の終止形だと見抜けましたか。ちなみに「かし」は念押しの終助詞で「〜よ」と訳します。とくに「給へらむ」がむずかしいですね。ここで、ぜひ存続・完了の助動詞「り」の接続を復習してみてください。

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世継、「しかしか、さ侍りしことなり。さても、ぬしの(み)(な)はいかにぞや。」と言ふめれば、「太政大臣殿にて元服仕まつりしとき、『きむぢが(さう)は何ぞ。』と仰せられしかば、『夏山となむ申す。』と申ししを、やがて(しげ)(き)となむ付けさせ給へりし。」など言ふに、いとあさましうなりぬ。

(訳)はこちら(タップで表示)

世継が、「そうそう、そういうことでした。それにしても、あなたのお名前は何とおっしゃったかな。」と言うと、「太政大臣のお邸で(私が)元服いたしましたときに、『お前の姓は何というか。』とおっしゃったので、『夏山と申します。』と申し上げたところ、すぐに繁樹と名前をお付けになった。」などと言うので、(あまりに昔の話に私は)すっかり驚きあきれてしまった。

大宅世継がもう一人の老人に名前を聞き、「夏山繁樹」だということが分かります。この二人のやりとりに、作者と思われる人物は驚きあきれています。

 (たれ)も少しよろしき者どもは見おこせ、居寄りなどしけり。年三十(みそぢ)ばかりなる(さぶらひ)めきたる者の、せちに近く寄りて、「いで、いと興あること言ふ(らう)(ざ)たちかな。さらにこそ信ぜられね。」と言へば、翁二人見交はしてあざ笑ふ。

(訳)はこちら(タップで表示)

 (その場にいた)どの人も少しは身分の高い者たちは、(この老人たちのほうに)視線を向けたり、傍へ寄ってきたりし(て興味を示す様子であっ)た。(その中で)年齢が三十歳ぐらいの侍らしく見える者が、ひたすら(老人たちの)近くへ寄ってきて、「いやはや、たいそうおもしろいことを言う老人たちだなあ。まったく信じることはできない。」と言うと、年老いた男二人は顔を見合わせて大声で笑う。

周りの人々もこの老人たちに興味を示しますが、その中でも特に「侍らしく見える者」が老人たちに近づいて話しかけます。

改めて『大鏡』について

「雲林院の菩提講」を読んだ上で、『大鏡』の特徴をまとめます。

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『大鏡』は、大宅世継という老人が、「自分が今までに世間の見たり聞いたりしたことを話し合いたい」と話しながら、実際に世継が昔語りをしていく形式で物語が進んでいきます。もう一人の老人である夏山繁樹は、「故(だい)(じやう)大臣(おとど)(てい)(しん)公」がまだ「蔵人の少将」であったときの小間使いだったと言っています。老人たちが話している「入道殿」とは藤原道長のことで、道長は西暦1028年まで生きており、「入道殿」と言われているので、道長が出家した後にこのお話がされていることが分かります。「故(だい)(じやう)大臣(おとど)(てい)(しん)公」藤原忠平は西暦880年生まれの人物です。また、「その御時の(はは)(きさき)の宮の御方」宇多天皇の母后班子女王は、西暦833年生まれと言われています。これらの人に仕えていたので、この老人たちは100歳を大幅に超える「化け物」老人だということが読み取れます。大山世継は190歳、夏山繁樹は180歳くらいの設定だそうです。(もちろん、あくまで物語上の「設定」です!)その老人たちに興味を持った侍のような男と繁樹の妻の4人でお話は展開されます。物語の多くが大宅世継の話しているものなので、一見地の文に見えるものも、会話文であることがほとんどです

大宅世継が話す内容は、文徳天皇の時代から清和天皇・陽成天皇・光孝天皇・宇多天皇・醍醐天皇・朱雀天皇・村上天皇・冷泉天皇・円融天皇・花山天皇・一条天皇・三条天皇と続き、後一条天皇までの時代です。この作品に描かれた時代は嘉祥三(八五〇)年から万寿二(一〇二五)年で、十四代・一七六年の歴史を物語風に描く「歴史物語」です。

特徴的なのが、お話を年代順ではなく、人物や事件に分けて描いているところです。十四代の天皇について描かれた部分と、藤原冬嗣や良房、基経、兼家、道隆などの藤原北家の面々や藤原道長など、時代の中心人物について描かれた部分があります。前者を「帝紀」、後者を「列伝」と呼び、「帝紀」「列伝」のある文体として「紀伝体」と呼ぶ形式で文章が書かれています。この形式は中国の歴史書『史記』にならって書かれたものだと言われています。ちなみに、年代順に書かれた歴史書は「編年体」と言います。

先程も書きましたが、文章のほとんどが「大宅世継」のお話であり、それを「夏山繁樹」を始めとして、他の2人も相槌を打ったり、補足をしたりする形式の文章です。内容の中心は「雲林院の菩提講」に「この現在の入道殿下(藤原道長)のご様子をもお話し合い申し上げたい」とあるように、「藤原道長の栄華」についてです。通常、権力者に対して否定的なことはなかなか書けないものですが、この文章は、道長のすばらしい点は認めつつも、ダメな所は徹底的に批判するという、ある意味客観的な視点を持っているため、文学的価値が非常に高いものとされています。

『大鏡』は「鏡もの」と呼ばれるものの一つになっていきます。それは、『大鏡』が非常に好評だったため続編が望まれたからです。そして、続編として『今鏡』が作られますが、書かれる時代が追いついてしまいこれ以上の続編が作りにくくなります。そのため、文徳天皇より前の時代の歴史物語を第3作として作ります。それが『水鏡』です。以上三作品が平安時代に成立しますがしばらく作品は作られません。その後、南北朝時代(室町時代初期)になってから『増鏡』が登場して、これらが「四鏡」と呼ばれるようになります。「四鏡」は成立時代順に「だいこんみずまし(大・今・水・増)」という覚え方があります。これも有名な語呂合わせですので、ついでに覚えておきましょう。

以上をまとめたものが、以下の内容になります。

・ジャンル=歴史物語
・作者 = 未詳(男性と思われる)
・成立時代=十二世紀初頭か
      (平安時代後期
・内容
① 雲林院の菩提講が始まる前に、大宅世継夏山繁樹、繁樹の妻、若侍らが会い、主に世継が歴史を語り、他の三人が相槌を打ち補足するのを、そばで見ていた作者が筆録するという形式をとる。
② 文徳天皇の嘉祥三年(八五〇)から後一条天皇の万寿二年(一〇二五)に至る十四代・一七六年の歴史を物語風に記す。
本紀・列伝などに分け、人物や事件を中心として記す。これを中国の『史記』にならって紀伝体という
④ 戯曲的対話形式で、藤原道長の栄華の功罪を挙げ、時に批判的に描く
⑤ 後に成立した『今鏡』『水鏡』『増鏡』とともに「四鏡」と呼ばれる

おわりに

今回は『大鏡』とはどういうものかということについてお話しました。文学史のみで1ページを使うことはあまりないのですが、それくらい重要な項目だと理解してもらえたらいいと思います。『大鏡』は個人的にも好きな文章なので、『大鏡』の文章解説は、これからもアップしていきます。その時にまた読んでみてください。それまでは、他の文章にもあたってみてください。

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