はじめに
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先生、この前文章を読んでいたら、「この木なからましかば、よからまし」って出てきたのですが、この「まし」ってなんですか?
『徒然草』を読んでいたんだね。その「まし」は、あまり出てこないけど、出たら必ずといっていいほど問題にされやすい助動詞なんだよ。今回はその「まし」についてお話していこう!
はじめに、今回学習することの要点を示します。
推量の助動詞「まし」について
「反実仮想」とは何か、裏に含まれる意味
推量の助動詞「まし」は「む」と同じようにこの先に起こる不確かなことに対して推測するものです。「む」との違いは、「実現不可能なこと」を推測するときに使うという点です。そのため、「反実仮想」の助動詞といいます。「反実仮想」という言葉は、古文文法を学ぶ以外ではなかなか聞くことはありませんが、要するに「事実に反して仮に想像する」ということを表します。事実に反したことを表すので、「でも、実際には違う!」ということまで内容としては含みます。
「反実仮想」なんて言葉、初めて聞いたよ。
確かに、古文文法の学習以外でほぼ聞くことはないね。
接続、活用表、意味
助動詞「まし」は、「反実仮想」を表すことを知ったうえで、次の例文を見てみましょう。
(例文)鏡に色・形あらましかば、映らざらまし。
まずは接続です。この例文には2つの「まし」が使われていますが、いずれも直前がア段になっているので、接続は未然形です。(「あら」はラ行変格活用動詞の未然形、「ざら」は打消の助動詞の未然形)
次に活用ですが、「まし」は特殊な活用をする助動詞で、「ましか/○/まし/まし/ましか/○」と活用します。
「まし」の接続=未然形
「まし」の活用=特殊型
「ましか/○/まし/まし/ましか/○」
已然形の「ましか」は「こそ」の結びでしか表れないよ。「ーーましかば……まし」の「ましか」は未然形なので、間違えないでね。
文法的意味を確認します、助動詞「まし」は「反実仮想」という語が表す通り、「事実とは反する事象を仮に想像する」というのが第一義です。この助動詞は、主に次に示す『公式』のような形で表れます。
「反実仮想」の『構文』
「反実仮想」を表す助動詞「まし」はこのような形で現れることが非常に多くなります。
「反実仮想」の構文
ーーましかば、……まし
(ーーませば、……まし)
ーーせば、……まし
ーー(未然形)ば、……まし
「ーーませば、……まし」は奈良時代の和歌(『万葉集』など)で出てくることはあるけど、通常は出てこないので、3つを覚えておいたら十分です。
このような形で表れて「もしーーだったら、……だろうに」と訳します。例文では、「もし鏡に色や形があるならば、映らないだろうに」となります。
また、「反実仮想」は事実に反することを表していますから、実際には「鏡に色や形がないから、姿を映し出す(ことができる)」という意味が含まれています。そのように、「でも現実は違う」という意味もうちに含んでいるのがこの助動詞「まし」だということを知っておいてください。
選択肢で解釈を聞かれると、「現実とは違う」方が正解とされることも多いので気をつけよう!
次に、助動詞「まし」の他の意味を見てみましょう。以下の例文を見てください。
(例2)これに何を書かまし。
この「まし」も「実現不可能なこと」を前提とした助動詞ですが、訳し方が異なります。これは、前に「疑問表現」を伴って、「ーーしようかしら」と訳します。なんとなく違和感を持つ人は、「ーーしようか」でも構いません。この「まし」には、直接言葉には表れていなくても「とてもそんなことできない」という意味を含んでいます。このような「まし」を「ためらいの意志」と呼ぶことにします。(例文2)の訳は、「これに何を書こうかしら(とても書けないわ)」となります。ちなみにこの文は『枕草子』の一節で、清少納言の感想です。
「ためらいの意志」の構文
疑問詞ーーーまし
やーーーまし
かーーーまし
「ためらいの意志」の「まし」は係り結びの法則によって、すべて連体形になります。
助動詞「まし」には、他にも「希望」(できればーー(し)たかった)という「実現しなかった」ことに対して使うものもありますが、用例はそれほど多くはありません。また、鎌倉時代以降には、「単なる推量」として用いられこともあります。
「まし」の文法的意味
「反実仮想」(もしーーだったら……だろうに)
「ためらいの意志」(ーーしようかしら)
「希望」(できればーーしたかたった)
「推量」(ーーだろう)
以上で、助動詞「まし」の説明を終わります。助動詞「まし」はそもそもが用例が多いわけではないのですが、出てくると問題として出題される可能性が極めて高い助動詞です。助動詞の学習としては割と後になっても構いませんが、確実に押さえておかなくてはならない助動詞であることは理解しておいてください。
練習問題
助動詞「まし」について理解ができたか、実際の問題を通して確認していきましょう。
問 次の青太字を現代語訳しなさい。
(1)松虫の、声するかたに、宿や借らまし。
(訳) 松虫の声がするので、( )。
(2)笑ひなましかば、不用ぞかし。
(訳)( )むだになるところだったよ。
(3)昼ならましかば、のぞきて、見奉りてまし。
(訳)( )のぞいて、見もうしあげたのに。
(4)いづこに、こもり侍らまし。
(訳) どこに、( )。
「ーーましかば……まし」の構文か、「疑問詞(や/か)ーーまし」の構文か確認しよう!前者は「反実仮想」、後者は「ためらいの意志」だったね。
【解答】
問(1)宿を借りようかしら(2)笑ってしまったならば(3)昼であったならば(4)こもりましょうかしら
【解説】
(1)(4)は「ためらいの意志」の構文、(2)(3)は「反実仮想」の構文です。また、(2)「笑ひなましかば」の「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形(詳しくは「つ」「ぬ」の「公式」を参照)、(3)「昼ならましかば」の「なら」は断定の助動詞「なり」の未然形です。(4)の「侍ら」は丁寧語の補助動詞で「ーーます」と訳せばよいでしょう。
おわりに
今回は、ちょっと異色の助動詞「まし」でした。助動詞というよりも、むしろ「構文」として覚えておいた方が良さそうな助動詞でしたね。「ましかば/まし」の構文、「疑問詞/まし」の構文と、「反実仮想」「ためらいの意志」という名前を理解していれば、大きく間違えることはないと思います。次回は助動詞「めり」「なり」と「撥音便の無表記」について学習していきます。次回もがんばりましょう!
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