「水鳥の足」(うきたる世)『紫式部日記』読解のコツ&現代語訳

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このページでは、学生時代に国語が苦手だった筆者が、この順番で学べば文章の内容が分かるようになり、一気に得意科目にできたという経験をもとに、25年以上の指導において実際に受講生に好評だった「これなら古文が理解できる!」という学ぶ手順を具体的に紹介していきます。読んでいくだけで、文章の内容が分かるようになります。

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目次

はじめに

 今回は『紫式部日記』です。教科書では「水鳥の足」「うきたる世」など様々な題名で掲載されています。多くの人がこの文章で初めて「紫式部日記」に触れるでしょうから、まずは、「紫式部日記」について、簡単に説明しておきましょう。

『紫式部日記』について

『紫式部日記』は、ジャンルとしては「日記」(仮名日記)に位置づけされます

作者は紫式部です。中宮彰子の出産の記録を中心に、同僚の人物や中宮(皇后)定子に仕える清少納言の人物像や宮廷生活での自身の苦悩が描かれています。

中宮彰子とは、藤原道長の娘である彰子のことで、一条天皇の中宮となります。一条天皇の中宮としてはすでに藤原道隆の娘である定子がついていましたが、当時すでに権力を握っていた父藤原道長が一帝二后の制を始めて、定子を皇后に、彰子を中宮にします。これが長保元(999)年彰子が女御として入内した翌年のことです。その後、皇后定子は亡くなり、彰子が名実ともに中宮として一時代を築いていきます。

さて、『紫式部日記』に戻ります。これは全2巻で紫式部が中宮彰子に仕えた寛弘五(1008)年秋から寛弘七(1010)年正月までの記録です。中宮定子が実家道長邸で出産する記事から始まって、宮廷の儀式や風俗などを記しています。さらに、消息文(手紙風の文章)では、同僚の女房(和泉式部や赤染衛門など)や清少納言らへの批評などを記します。その他にも処世訓や芸術観などが見られます。
このような華やかな宮廷生活の裏で、それに馴染めない作者の苦悩が読み取れる作品です。

以上が、『紫式部日記』の簡単な説明です。

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「水鳥の足」(うきたる世)『紫式部日記』要点・あらすじ・現代語訳

 古文を読解する5つのコツをお話しましょう。以下の順に確認していくと以前よりも飛躍的に古文が読めるようになるはずです。

STEP
本文を読む

何度も本文を読んでみて(できれば声に出して)、自分なりに文章の内容を想像してみます。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」「どのようなことを言っているか」「どのような行動をしているか」を考えていきます。

STEP
登場人物を確認する

本文にどのような人物が出てきているか、確認します。紙で文章を読むときは、鉛筆などで▢をつけるとよりよいでしょう。

STEP
内容を大まかに把握し、説明する

簡単でもよいので、誰かに「こんなお話」だと説明できる状態にします。ここでは、合っているかどうかは関係ありません。今の段階で、こんな話じゃないかなと考えられることが大切なのです。考えられたら、実際にこの項目をみてください。自分との違いを確認してみましょう。

STEP
理解しにくい箇所の解説を見る

古文を読んでいると、どうしても自力では分からない所がでてきます。ちなみに、教科書などでは注釈がありますが、注釈があるところは注釈で理解して構いません。それ以外のところで、多くの人が詰まるところがありますが、丁寧に解説しているので見てみてください。

STEP
改めて本文を解釈する

step4とstep5は並行して行います。きっと、随分と読めるようになっているはずです。

本文を読む

 何度も本文を読んでみて、自分なりに文章の内容を想像してみましょう。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」、「どのようなことを言っているか」、「どのような行動をしているか」を考えていきます。

↑タップして画像を拡大できます

 行幸(ぎやうがう)近くなりぬとて、殿(との)のうちをいよいよつくろひみがかせ給ふ。よにおもしろき菊の根をたづねつつ、掘りて参る。いろいろうつろひたるも、黄(き)なるが見どころあるも、さまざまに植(う)ゑたてたるも、朝霧(あさぎり)の絶え間に見わたしたるは、げに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや、まして、思ふことの少しもなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし、若やぎて、つねなき世をも過ぐしてまし、めでたきこと、おもしろきことを見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心のひくかたのみ強くて、もの憂く、思はずに、嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。いかで、今はなほもの忘れしなむ、思ふかひもなし、罪も深かなりなど、明けたてばうちながめて、水鳥どもの思ふことなげに遊びあへるを見る。
  水鳥を水の上とやよそに見む我もうきたる世を過ぐしつつ
かれも、さこそ心をやりて遊ぶと見ゆれど、身はいと苦しかんなりと、思ひよそへらる。

(『蜻蛉日記』より)

文章を読むことができたら、下の「登場人物の確認」「内容を簡単に理解」を読んで、自分の理解と合っていたかを確認します。

登場人物の確認

  • 作者(紫式部) 

今回は、主に華やかな宮仕え生活に馴染めない作者の苦悩が描かれていますので、一人称で文章が綴られています。

お話を簡単に理解(あらすじ)

  • 道長邸への天皇のお出ましが近づいているので、屋敷を美しく手入れさせている。
  • 美しい根株のある菊の花を探し出しては、掘って献上する。
  • 様々な菊を見て、若返りそうな気がするのに、つらく嘆かわしいことが勝って苦しい。
  • 物思いが人並みでないので、風流に振る舞ったり、若々しく無情なこの世を過ごすことができない。
  • 趣深いことを見聞きしても出家の思いが心を引きつける。
  • そのような思いを忘れてしまおうと夜明けに外を眺めると水鳥が遊んでいる。
  • 水鳥に自分の思いを重ね合わせる歌を詠む。
  • 水鳥も気ままに遊んでいるように見えるが、水の中では苦しいのだろうと自分をなぞらえる。

理解しにくい箇所の解説を見る

 本文を読んで自分で内容を考えていったときに、おそらく以下の箇所が理解しにくいと感じたでしょう。その部分を詳しく説明します。解説を読んで、理解ができたら改めて本文を解釈してみてください。

  • 黄なるが見どころあるも、
  • げに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや、
  • いかで、今はなほもの忘れしなむ、思ふかひもなし、罪も深かなり
  • 水鳥を水の上とやよそに見む我もうきたる世を過ぐしつつ

《前提の確認》

今回は、作者の苦悩が描かれていますが、なぜそのようなことになったのか、この文章よりも前の部分をまとめておきますので、最初に確認してみてください。

〈ここまでのエピソード〉
 ・一条天皇の中宮彰子(藤原道長の娘)が九月に土御門殿(道長邸)で敦成(あつひら)親王を出産する。
 ・道長は親王を抱いた時におしっこをかけられるが「思ふやうなる心地す」と逆に喜ぶ。

「思ふやうなる心地」
 ←孫の誕生を喜ぶおじいちゃんとしての喜び
 ←中宮彰子から男の子が生まれたことで、その子が将来皇太子、天皇になって、自分は外祖父として権力を握ることができる可能性が高くなったことへの期待

これにより、道長一家はますます栄えて行くことになります。
しかし、中宮彰子に仕える紫式部は「思ひゐたること多かり」と、なぜか喜ぶ気持ちになれないのです。この気持ちを持ったまま、本文に入っていきます。

《①までの本文解釈と現代語訳》

最初に、①までの文章を解釈していきましょう。

行幸近くなりぬとて、殿のうちをいよいよつくろひみがかせ給ふ。よにおもしろき菊の根をたづねつつ、掘りて参る。いろいろうつろひたるも、

(訳)はこちら(タップで表示)

(一条天皇の)行幸が近くなったということで、(道長様は)お屋敷の中をますます立派に飾り立てさせなさる。(人々は)実に美しい根株のある菊の花を探し出しては、掘って献上する。(盛りが過ぎて花が)いろいろ変色している菊も、

「行幸」は「帝のお出まし」という意味で、ここでは一条天皇の藤原道長邸へのお出ましを指します。寛弘五(1008)年十月十六日のことでした。「行幸」については、こちらに説明がありますのでご覧ください。

①黄なるが見どころあるも、

(訳)はこちら(タップで表示)

黄色い菊で目にとまるような趣のある菊も、

道長邸では、中宮彰子の皇子をご覧になるために帝がお出ましになる予定になっています。そのための準備として、家を美しく飾り立てている状態です。人びとが献上した菊の根株が並んでいます。

「黃なるが見どころあるも」は、「が」の用法が問題になります。実はこの「が」は、『源氏物語』の「光る君誕生(桐壺)」に出てきています。同格の「が」と呼ばれるものです。これは、「が」の前の「黄なる」と後ろの「見どころある」が同じものを指していることを表す格助詞です。ただ、どちらも「何」のことを言っているのかは省略されています。同格の「の」は前の部分に名詞が書かれていたので、「何」のことかは分かりました。ですが、「が」はそれすらも文章の内容から判断する必要が出てくるわけです。今回は「菊」の話をしているので、省略されている語は「菊」だと分かります。

以上のことが分かれば、「黄色い菊で目にとまるような趣のある菊も」と解釈できることになります。

《②までの本文解釈と現代語訳》

では、②までの本文を解釈してみましょう。(①の内容も含みます)

いろいろうつろひたるも、黄なるが見どころあるも、さまざまに植ゑたてたるも、朝霧の絶え間に見わたしたるは、

(訳)はこちら(タップで表示)

(盛りが過ぎて花が)いろいろ変色している菊も、黄色い菊で目にとまるような趣のある菊も、さまざまに(趣向を凝らして)植え並べてある菊も、朝霧の切れ目に見渡した景色は、

②げに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや、

(訳)はこちら(タップで表示)

本当に老いも退散してしまいそうな気持ちがするのに、

朝の気色に映えるさまざまな美しい菊を見て、作者紫式部が述べた感想です。

「げに」は「なるほど/本当に」という意味を表す語でした。「老いもしぞきぬべき心地」の「しぞき」は漢字を当てると「退き」となります。「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形、「べし」は推量の助動詞「べし」の連体形と判断し、「〜てしまいそうな」と解釈しておきます。そうすると、「老いも退散してしまいそうな気持ち」と解釈できます。「菊を見ると老いが退散する」という因果関係が奇妙ですが、これはある中国の故事を元にして発言しているのです。それは、「菊は仙人の愛する花で、菊の上の露を飲むと老いを忘れる」というものです。それを踏まえて、作者は「老いも退散してしまいそう」と言ったのです。

ですが、そのように「老いも退散しそう」と言っている後に「どうしてか」と言っています。作者は土御門殿(道長邸)の華やかな様子や美しく趣のある菊を見ても、心がひかれないのはなぜなのだろうかと思っているのです。

《③までの本文解釈と現代語訳》

それでは、③までの本文を解釈してみましょう。(一部②の内容を含みます)

なぞや、まして、思ふことの少しもなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし、若やぎて、つねなき世をも過ぐしてまし、めでたきこと、おもしろきことを見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心のひくかたのみ強くて、もの憂く、思はずに、嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。

(訳)はこちら(タップして表示)

どうしてだろうか、まして、物思いが少しでも人並みの身の上であったならば、(このような折には)風流な様子で振る舞い、若々しくふるまって、無常なこの世をも過ごすだろうに、(このような)すばらしいことや、趣深いことを見聞きするにつけても、ただ常々心にかけてきた(出家したいという)気持ちが(私を)引きつけることばかりが強くて、憂鬱で、思いがけずに、嘆かわしいことが多くなっていくのは、とても苦しい。

「なぞや」(どうしてだろうか)はどこにかかっていっているのでしょうか。

作者の気持ちが現れる、「もの憂く、思はずに、嘆かしきことのまさるぞ」ですね。離れているので問題にされることも想定しておきましょう。

③いかで、今はなほもの忘れしなむ、思ふかひもなし、罪も深かなり

(訳)はこちら(タップで表示)

何とかして、今はやはり物思いを忘れてしまおう、思っても仕方がない、(思い悩むことは)罪深いということだ

作者は物思いにふけって思い悩むことが多く、苦しい思いをしています。その苦しい思いを何とか断ち切ろうとしていることが現れている文です。

「いかで」は、「いかにして」がつづまった形の語です。ですので、「どうして〜か」という意味と「なんとかして〜(よう/たい/てほしい)」の意味があり、どちらなのかを考える必要があります。ここは後ろの「もの忘れしなむ」に続く形なので、その意味を考えてから決めていくのが良さそうです。
「今はなほ」は、「今はやはり」と解釈した後、「もの忘れしなむ」を考えます。「しなむ」の「し」はサ行変格活用動詞「す」の連用形ですから、この「なむ」は「な」と「む」がそれぞれ助動詞となります。「な」は完了(強意)の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は意志の助動詞「む」の終止形(連体形)ととって、「〜してしまおう」と解釈すればよいでしょう。そうすると、先ほどの「いかで」は「なんとかして」を採用して、「何とかして、今はやはり物思いを忘れてしまおう」と全体が訳出できるのです。ちなみに、「もの忘れ」は「ものを忘れること」ですが、この「もの」は「物思い」のことと解釈しました。

次に、「思ふかひもなし」ですが、教科書によっては、「思ひかひもなし」になっているものもあります。どちらにしても、「思う甲斐が無い」「思い甲斐が無い」となり、「思っても仕方がない」という意味になります。

「罪も深かなり」は、読むときには「罪も深かんなり」となります。撥音便の無表記によって「深かなり」となっています。撥音便の無表記のあとの「なり」は伝聞推定の助動詞「なり」になります。よって、「罪も深いそうだ」と解釈できます。作者は思い悩むことは「罪が深い」と考えています。これは仏教における「罪」の考え方がもとになっており、「罪」とは「身体、言葉、心(=三業)によって作られ、未来の苦しみとなるような悪い結果を生むもの」とされていました。作者は思い悩み続けると、未来永劫苦しみ続けると考えたのでしょうか。この思い悩みを断ち切りたいと思ってこのようなことを書き記したのでしょう。

《④までの本文解釈と現代語訳》

では、④までの本文を解釈してみましょう。(③の内容も一部含みます)

思ふかひもなし、罪も深かなりなど、明けたてばうちながめて、水鳥どもの思ふことなげに遊びあへるを見る。

(訳)はこちら(タップで表示)

思っても仕方がない、(思い悩むことは)罪深いということだなどと、夜が明け始めると物思いにふけりながらぼんやり外を眺めて、水鳥たちが何の物思いもなさそうに遊び合っているのを見る。

「ながめ」はマ行下二段活用動詞「ながむ(眺む)」の連用形ですが。「ながむ」は「物思いにふける」という意味を一番に覚えておく必要があります。

④水鳥を水の上とやよそに見む我もうきたる世を過ぐしつつ

(訳)はこちら(タップで表示)

水鳥を水の上(に浮かんでいる、自分と無関係なものである)と、よそごととして見ることができようか、いや、できない。私も水鳥のように浮ついて落ち着かない、つらい日々を過ごし続けて(いることだよ)。

この和歌は解釈するのはそれほど難しくありません。「水鳥を水の上(のもの)とよそに見るだろうか(いや、見ない)。自分も辛いこの世を過ごし続けて」というのが直訳になります。

「水鳥を見て、水の上に浮かんでいるよそのこと(自分とは関係のないもの)とは見ることができない」と作者は言っています。「水の上に浮かんでいる」というのは、後半部を見ると分かります。「水の上とや」の「や」は反語です。「自分とは関係のないものと見るだろうか、いや見ることができない」と解釈するのが自然でしょう。以上から、前半部は「水鳥を水の上(に浮かんでいる、自分と無関係なものである)と、よそごととして見ることができようか、いや、できない。」と解釈できるわけです。

後半部は掛詞が使われています。「我も浮きたる世を過ぐし」は、自分も「浮き世(落ち着かない世)を過ごしている」というのが一つの意味です、先ほど「水鳥が水の上に浮かんでいる」と言えるのはここが根拠になっているのです。また、「うきたる世」は「浮きたる世」の他にも「憂きたる世(つらいこの世)」という意味も掛けています(「うき」が「浮き」と「憂き」の掛詞)。「つつ」は継続を表す接続助詞で、ここでは「〜つづけて」という意味ですが、もう少し分かりやすく補足すると、「〜つづけていることだよ」となります。以上から、後半部は「私も水鳥のように浮ついて落ち着かない、つらい日々を過ごし続けて(いることだよ)。」となります

補足ですが、「水鳥」は「浮き」の縁語になります。

ここで、なぜ「よそのこと(自分とは関係のないもの)」と見ることができないかをもう少し深く考えます。「水鳥」は、水面上は楽しそうに泳いでいるが、水面下では足を常に動かし続けなくてはならない。それはつらいだろうと作者は考えます。一方で「自分」は、表面ではは華やかな宮仕え生活を送って充実しているように見えるが、心の中ではそんな生活に溶け込めずに思い悩んでいる。そんな自分と水鳥は同じようなものだと考えてこの和歌を詠んだのでしょう。後の文で、「思ひよそへらる(我が身に自然と思い比べられる)」と言っています。

《④以降の本文解釈と現代語訳》

最後に、④以降の文章を解釈してみましょう。

かれも、さこそ心をやりて遊ぶと見ゆれど、身はいと苦しかんなりと、思ひよそへらる。

(訳)はこちら(タップで表示)

あの水鳥たちも、あのように気ままに遊んでいるように見えるけれども、その身はたいそう苦しいようだと、自然とわが身に思い比べられる。

和歌の内容のまとめみたいになっていますね。

そうだね。あと、「心をやる」や「よそふ」は文脈に合わせて訳せたらいいと思うよ!ただ、「なり」が伝聞推定の助動詞、「らる」が自発の助動詞であることは確認しておいてくださいね。

おわりに(テスト対策へ)

テスト対策へ

今回は、『紫式部日記』の「水鳥の足」(うきたる世)についてお話しました。一通り学習を終えたら、今度はテスト対策編もご覧ください。テスト対策は鋭意作成中です。

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『紫式部日記』は有名な女流日記文学作品です。ですので、大まかにでも内容を知っておく必要があります。ぜひ「ビギナーズ・クラシックス」などで読んでみてください。

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